2017/07/24.Mon

乙女のポリシィ



『萌え』であります。

生物学的に、胎児や猫等は、自己防衛の手段の一つとして、
他者が愛でる様な容姿を獲得していると云われています。

言葉にするのが難しい仕草の数々も、それらの属性の一つなのやも知れません。
ネット動画を占有する、犬や猫の愛くるしい仕草はその証左と云えるでしょう。

他者に対して好意を抱く理由は、当事者からすると悩むところですが、
無意識の仕事の範疇であるとするのなら、致し方ありません。

萌えは、エロと一般的に混同されがちですが、
メガネやメイド服と云った、記号論と考えて間違いは無いのでしょう。

プリキュアシリーズは、性的記号を内包しているのが肝ですが、
性的シンボルを見せる事無く、性的表現を魅せるのが『萌え』の肝でしょう。

もしくは、その記号論の昇華した先、女の子の動きや仕草から、
萌えを引き出せればベストなのやも知れません。

高畑勲と宮崎駿が互いに競うポイントであり、ジブリアニメの肝とも云え、
まさに性を通じた生命の表現と云っても過言ではありません。(”この世界の片隅で”を含む)

これら、女性キャラのみに行使出来る手法と思われがちですが、
『北斗の拳』を始めとした、上半身裸のジャンプキャラを毎週、浴びる様に拝んでいた
我々の世代の脳も、かなり侵されているのが容易に想像出来ますね。
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2017/07/22.Sat

文化会系英雄



変身など。

創作における呪文は、他者に対して効力を発揮する言葉のメタであります。
(炎上する、凍結される、電撃が走る、動きを止めるets。)

魔法合戦の描写は、一見エスパー戦にしか見えませんが、
名うての演出家であれば、火力戦の裏側で言葉による戦いまで設定している事でしょう。

ここいらまではおさらいですが、
我々からすれば、変身も呪文の属性である事は見過ごせません。

日本の特撮ヒーローの変身の際の、掛け声と見え切りは、
歌舞伎のオマージュという事で理解されています。

つまりは『変身』と云う掛け声は(都合上、隠す場合もあるが)
村や街をはじめとした共同体のからの、離脱の宣言とも取れますね。

同時に、共同体のルールから外れる事により
外敵と同じ属性の力を得られる事が肝とも云えます。

ただの共同体の内側の警備的な力では、外側の脅威に対して力を発揮しないのも、
ソレを引き立たせる為のお約束とも云えますね。

同一言語を有する共同体と、神仏魍魎は切り離せない存在です。

ヒーローや悪役は一見、体育会系の印象ですが、
変身と云う呪文から戦いの口火を切られると云う事からすると、
パワーゲームの裏では、文化会系の駆け引きがなされているのでしょう。

そこからすと、浮いたコスチュームで戦わなければならぬ理由は、
文字通り、場を支配する為の演出である事も理解出来ますね。
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2017/06/22.Thu

君の時間、僕の時間



『時間のコントロール』などを。

創作する行為に於いて、三次元の存在である我々は、
二次元である、作品の中の”時間のコントロール”を行う事が可能です。

時間を跨ぐ、尺を切る、時間を巻き戻すets。
この状況のメタが、作中に於いて、時間を操る力を持つキャラクター達でしょう。

火の鳥、DIO様、ドラエモン、CCさくらたん、暁美ほむら、
映画『メッセージ』のヘプタポッドもそうですね。

異次元人、異邦人がリアル世界に干渉する際、
時間超越を始めとした能力を授かると云うのは定番ですね。

また、次元を超える際に、相手に対しての情報の伝達能力が
劣化するのも興味深いですね。別次元では、5W1Hの部分がブレる故でしょう。

創作の行為に話を戻せば、リアル世界では体感できない、
時間の往来を俯瞰する行為には、やはり快楽性が伴うのでしょう。

稀に、映画時間を無視し、リアルの時間の流れの表現を試みる作品がありますが、
同じ監督が二度とやらない事からすると、相対的に別の次元では時間のズレが
起きる方がやはり自然なのでしょう。
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2017/06/08.Thu

籠女の唄



天使のたまごを。

聖書の全体的な流れを、男女二人が演じてると云った様子です。
二人の哲学的な問答により話が進行しますが、思うに単純な『ヤオガチ論争』ですね。

女の子は抱えている卵は天使の卵だと主張します。
それっぽい天使の化石を男性に示し重ねて主張します。

しかし無情にも男は卵を割り(実は空)、
女の子の信じたいという気持ちを粉砕します。

そして半狂乱になり水に落ちた娘の口から吐き出た泡が、
夢の化身ともいえる、異形の巨大オブジェ(人工太陽)となり海面を照らします。

理屈に合わぬそれが実際に現れた事に対し、
男は『この世自体が夢みたいなものだったなぁ』的な表情を浮かべ、話は終わります。

このラストシーンを真っ当に解釈すれば、量子力学的な理屈は正しいが、
世を支えているのは人々の”信じたい”と云う気持ちだという事。

もしくは、俗に云う『神が人を生むのでは無く、人の心が神を生む』といった言葉の表現。

楽屋オチ的に読めば、自身のオリジナル的な部分を抽出した結果、
自身とも言い難い、分からない感じになりました的な、自虐なメタなのかも知れませんね。
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2017/06/02.Fri

最後のロマン



ジブリ(宮崎駿)考などを。

やはり”信じたい”と云う言葉がキーワードでしょうか。
その気持ちを守ろとせんが為に、各々のキャラは世界に対して抵抗を試みます。

純真無垢な少女、人の善意、革命は正義の刃たりえる、己の力。

されど、世間から揉まれて嘘を内包し、大人足りえるのが一般的なテーゼです。
(漫画版のナウシカも同様の意味をラストに云いますね。)

お話を作り方を学ぶにつれ、伝説や神話の中の人外の存在や、
あり得ないシュチュエーションも、何れかの事実の置き換えである事に気付いていきます。

酸いも甘いも極めた、いい大人が何故かオカルトにハマる場合がありますが、
決して開けられない心の中の箱というか、最後のロマンが無ければ生きていけないのでしょう。

超古代文明モノの永遠の謎ともいえる、天空の城を出汁にした
男の演歌と云うのが、ラピュタの骨子とも云えますね。

とはいえ、物語の前後でどう見ても年齢が五才は成長してる
ヒロインのシータが一番の謎存在でしょうか。

ちなみに自分は、太陽系ではネアンデルタール人の巨大UFOが闊歩していて、
彼らの製造した土星のリングは、外宇宙に対しての知性の証として仕事をしている
なんて話くらいは信じてますよ。
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