2017/06/22.Thu

君の時間、僕の時間



『時間のコントロール』などを。

創作する行為に於いて、三次元の存在である我々は、
二次元のである、作品の中の”時間のコントロール”を行う事が可能です。

時間を跨ぐ、尺を切る、時間を巻き戻すets。
この状況のメタが、作中に於いて、時間を操る力を持つキャラクター達でしょう。

火の鳥、DIO様、ドラエモン、CCさくらたん、暁美ほむら、
映画『メッセージ』のヘプタポッドもそうですね。

異次元人、異邦人がリアル世界に干渉する際、
時間超越を始めとした能力を授かると云うのは定番ですね。

また、次元を超える際に、相手に対しての情報の伝達能力が
劣化するのも興味深いですね。別次元では、5W1Hの部分がブレる故でしょう。

創作の行為に話を戻せば、リアル世界では体感できない、
時間の往来を俯瞰する行為には、やはり快楽性が伴うのでしょう。

稀に、映画時間を無視し、リアルの時間の流れの表現を試みる作品がありますが、
同じ監督が二度とやらない事からすると、相対的に別の次元では時間のズレが
起きる方がやはり自然なのでしょう。
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2017/06/08.Thu

籠女の唄



天使のたまごを。

聖書の全体的な流れを、男女二人が演じてると云った様子です。
二人の哲学的な問答により話が進行しますが、思うに単純な『ヤオガチ論争』ですね。

女の子は抱えている卵は天使の卵だと主張します。
それっぽい天使の化石を男性に示し重ねて主張します。

しかし無情にも男は卵を割り(実は空)、
女の子の信じたいという気持ちを粉砕します。

そして半狂乱になり水に落ちた娘の口から吐き出た泡が、
夢の化身ともいえる、異形の巨大オブジェ(人工太陽)となり海面を照らします。

理屈に合わぬそれが実際に現れた事に対し、
男は『この世自体が夢みたいなものだったなぁ』的な表情を浮かべ、話は終わります。

このラストシーンを真っ当に解釈すれば、量子力学的な理屈は正しいが、
世を支えているのは人々の”信じたい”と云う気持ちだという事。

もしくは、俗に云う『神が人を生むのでは無く、人の心が神を生む』といった言葉の表現。

楽屋オチ的に読めば、自身のオリジナル的な部分を抽出した結果、
自身とも言い難い、分からない感じになりました的な、自虐なメタなのかも知れませんね。
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2017/06/02.Fri

最後のロマン



ジブリ(宮崎駿)考などを。

やはり”信じたい”と云う言葉がキーワードでしょうか。
その気持ちを守ろとせんが為に、各々のキャラは世界に対して抵抗を試みます。

純真無垢な少女、人の善意、革命は正義の刃たりえる、己の力。

されど、世間から揉まれて嘘を内包し、大人足りえるのが一般的なテーゼです。
(漫画版のナウシカも同様の意味をラストに云いますね。)

お話を作り方を学ぶにつれ、伝説や神話の中の人外の存在や、
あり得ないシュチュエーションも、何れかの事実の置き換えである事に気付いていきます。

酸いも甘いも極めた、いい大人が何故かオカルトにハマる場合がありますが、
決して開けられない心の中の箱というか、最後のロマンが無ければ生きていけないのでしょう。

超古代文明モノの永遠の謎ともいえる、天空の城を出汁にした
男の演歌と云うのが、ラピュタの骨子とも云えますね。

とはいえ、物語の前後でどう見ても年齢が五才は成長してる
ヒロインのシータが一番の謎存在でしょうか。

ちなみに自分は、太陽系ではネアンデルタール人の巨大UFOが闊歩していて、
彼らの製造した土星のリングは、外宇宙に対しての知性の証として仕事をしている
なんて話くらいは信じてますよ。
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2017/05/27.Sat

夢の仕事



異世界モノの構図などを。

現世の人が異世界に来訪、もしくは異世界転生もの等を考えるに、
人類の歴史と共に在った媒体と云えるでしょう。

夢の世界のオマージュと云えばそれまでですが、
ちょっと踏み込んでみましょう。

夢は、お告げとは良く云われる解釈ですが、
不安要素や心身のコンディションの発露と云うのが、一般的な解釈でしょうか。

ちなみに夢を見る最中は、脳が体に金縛りを掛けており、
そこいらの制限が弱くなると、夢遊病で徘徊する事になるのでしょう。

就寝中の寝言は、そこいらの制限が漏れた際の発露だと思われますが、
起きてる他人が寝言に答えると、寝ている人は夢から覚めなくなるそうな。
(夢を見る時間は大体、120分位らしく映画の上映時間と同じと云うのも面白いですね。)

話を戻しますが、異世界ものやネトゲーものと云った媒体は、
文字通り、夢の中で現実世界の問題点を洗い出すのがフラグと云えるでしょう。
『光のお父さん』も自らの病と向き合うまでがフラグですね。

アニメ『オーバーロード』みたく、ゲームの世界から出る気配が無く
自らを神話として世界に固定してしまうのは、かなりの重症なのやも知れません。

ちなみに、座禅と云うのは、夢の仕事を意識的に行おうとする事らしく、
熟練次第で心の問題点の整理だけでなく、潜んだ病にまで踏み込めるとか。

警策と云う棒で肩をペチンとやられるのも、姿勢の崩れの矯正では無く、
夢の世界と、肉体が一体化した際の暴走を防ぐ為の手段の様ですね。

まあ、自分はやった事は無いんですけどね・・・。
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2017/05/13.Sat

神々の島、そして



けもフレの元ネタと云う事で、”Drモローの島”を鑑賞。
フレンズ(人間化された獣さん)と、ガチの猛獣との取っ組合いが圧巻です。

話し的には、村社会のわだかまりになっているのですが、
狼男の話というか、身分違いの恋愛モノといった雰囲気です。

特撮の怪人、寓話の怪物、宇宙人ets
普通の媒体では語り難い、村社会の裏事情を書くには、それらは適した媒体と云えるのでしょう。

また、Drモローを神、フレンズを使徒、主人公とヒロインをアダムとイブといった具合に
創世記の楽園のオマージュと捉える解釈もありですね。

20世紀のSFを語る際、楽園というキーワードは
共産圏の世界に対しての皮肉である場合が多いと云えます。

さらにココを、我々オタにとっての夢想の楽園と置き換えるのが、旬な手法でしょうか。
(動物と戯れる、ロボの玩具で遊ぶ、自慰にふけるets)

されど、主人公が伴侶を得る事により、その楽園から追放されるのもお約束ですね。

イブ自体が知性の象徴、その枠のキャラが人造人間である場合が多いのも、
そこいら(知恵と性)の表現やも知れません。

童心でいられる理想郷の存在は、何故か愛が許さない。
世界の謎の半分は結婚すれば分かるというのもそこいらでしょうか。
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